Essays and Comments
MiraiにまつわるEssayやいただいたコメントを掲載しています。
みなさま、ありがとうございます^^
+ + + + + + + +
緑の中を歩く。森林浴をしながら、土を踏みしめて。ああ、そうだった、と見えない根の方へと意識が向いていく。と共に、大切な記憶に蓋をしていたと気づく。頭も体もガチガチに固まっていた、あの頃。職場で居場所がなかった。抑圧された環境下で、心がどんどん萎縮していき、自分が自分でいられなくなっていた。そんな状況の中、山村で開かれたイベントに参加し、道中たまたま同じペースで歩いていた人がいた。それが、Miraiさんとの出会いだった。
自分が大切にしているものを話せる相手と、そういう話にはならない相手がいる。話し始めても、湧き上がる想いが口をついて出る場合と、口をつぐむ場合がある。Miraiさんと過ごした時間は、明らかに前者だった。同じ空間に身を置いて、そこに漂う空気を吸って吐いてを繰り返しているうちに、次第に現実感のレイヤーが変わっていくような体験と言ったらいいのかな。普段の営みで、無意識に感じている重みや、押しつけられている力があるとしたら、Miraiさんの存在自体が、その重さを無くす作用を及ぼしている。
そうして、まずは社会生活を営む上で形作らないといけないと思い込んでいた輪郭が解けた。自分を形成しているもの、こういう経験をしてこんな出会いがあって大事にしたい「それ」を受け取って、今の私がある。自分の中にある「それ」の存在に気づくと、蓋が開いた。私は内へと潜っていき、それに触れる。隣にはMiraiさん。しゃべりながら感触を思い出し、それがどれだけ自分にとって大切なのかを再確認していった。蓋なんてしなくてよかったんだ。それを抱きしめながら、再び浮かび上がる。自分の奥深くに入り込んで、「それ」を持って上がってこられたのは、Miraiさんと過ごした空間が、真空状態だったからではないかな。Mirai状態と言い換えても、すんなりいける気がする。
あれから約6年が経ち、久しぶりにMiraiさんに再会した。44歳になって、今ようやく自分のペースで、私の根っこを育んでいる手応えを感じ始めている。自分の存在をおざなりにして、外にばかり目を向けても仕方がない。世間のものさしや、声の大きい誰かの言葉ではなく、私の深みへと舵を切る。それが逆に、大海につながっていると今は感じる。
Miraiさんと過ごした、あのひと時が、十字路となった。
(ますごうはるみ、ライター・通訳)
+ + + + + + + + +
昨日、とつぜん宇宙から連れてこられた人、という感じがある。
宇宙のイメージからSFを抜いて、きっともっとネイチャーな世界観で。
「ミライ」という球体の中から、地球人の世界をじっと見つめている。
それはどこか初めて体験する赤子のようでもあるし、
すべてを知り尽くした仙人のようにも思える。
地球人はすぐに迷う。
日々どこかから生まれくるゆらぎにとまどい、いとも簡単に抜け出せなくなったりする。
そのことを流すでもなく受け止めるでもなく、眺めているのがMiraiだと思う。
じっと。ただ、見つめている。まるで細部をもれなく理解するように。
じっと。じっくりと。
あらゆる人のゆらぎを掬い上げてめでる。そこには否定も肯定もない。
ユニークで繊細で実に真剣でいて丸みを帯びていくような、とてもあたたかい。
そういったようなものをMiraiは人々と交わし合っているのだと思う。
(ヤマザキムツミ、ライターなど)
+ + + + + + + + +
「彼女の占星術は美しき技であり言語、人類が重ねてきた遠い時空と「今ここ」で「私」という命が生きる理由が1つになることで生まれる力。私も彼女が与えてくれた徴に何度も救われた。」
(日向雪、会社員・詩人)
+ + + + + + + + +
「Miraiさんは、現代の伯楽*やと思います」
(竹内遥 / far 、ガラス作家)
*伯楽…中国の漢詩「韓愈」より。名馬を見分ける名人。転じて人物を見抜き、その能力を引き出し育てることに長けた人の意。「千里馬常有、而伯樂不常有」(一日に千里も走ることのできる名馬は常に存在するが、それを見いだす伯楽は常に存在するとは限らない。いかに才能のある人がいても、それを認める人が少ないことのたとえ。)
+ + + + + + + + +
「サビアンリーディングが的確というばかりかとにかくユーモアと共にこちらの気持ちに寄り添って話を聞いてくれるので安心感と、解放感を得られるんです。前向きな気持ちになれる未来人Miraiのセッション、おススメです!」
(Ruriko Serius、数秘術)
+ + + + + + + +
(順不同、敬称略)
